ONLY LOVE CAN BREAK YOUR HEART 航太version2


 湖畔の『三澤旅館』は、その地でも五本の指に入る老舗旅館だ。江戸末期に建てられた和の本館と、大正初期に作られた洋の新館、どちらも人気があり、繁忙期はなかなか予約が取れないらしい。
「るり子ー!」
 将行が裏口から声をかける。はーい、と奥から女性の明るい声がして、軽い足音が近づいてくる。
「おかえりなさい、将行さん。……あら?」
 るり子、と呼ばれた女性は将行の傍らの航太に気付き、一瞬目を丸くして軽く会釈する。
「風呂、空いてるか?」
「ええ、空いてますよ」
「ちょっと訳は後で話すから、彼を入れてやってくれないか?」
「ええ、もちろん。じゃあ、タオルと浴衣も必要ですね?」
「ああ、頼む」
「……あの、三澤さん、俺……」
 航太が声をかけるが、将行は有無を言わさず航太を引っ張っていった。
「他の客はいない、従業員用の風呂だ。とにかく、ゆっくり身体を温めろ」
「……はい、すみません。ありがとうございます」
 航太は将行に深く頭を下げた。
 従業員用の風呂、と将行は言っていたが、湯船は檜で、客室の内風呂としても遜色ない広い風呂だ。航太は軽く身体を洗った後、湯船にその身を沈めた。
「……ふう……」
 知らず出たのは安堵のため息か。身体がじわじわと温まってくる。
 ふと考える。ゆっくり手足を伸ばし湯に浸かるのは、とても久しぶりのような気がする。大きな闇が心を覆っていて、ただ陽が動き、月が満ち欠けするのを見つめるだけのような日々をどれだけ過ごしたのか……。
「なにやってんだ、俺は……」
 苦笑する航太の頬を、一筋の涙が伝い落ちた。



「篠崎家の? そう、どうりでお綺麗な方だと思ったわ」
 るり子はちらと将行の顔を見て、くすっと笑った。
「なんだ?」
「いえ、ごめんなさい。最初は女性かと思ったから、将行さんがナンパでもしてきたのかと思って」
「ぷっ。兄さん、信用ないね」
「うるさい、勝行(かつゆき)。お前、早く仕入れ行って来い」
「はいはい。じゃ、行ってきまーす」
 にやにやと茶化すような笑顔の弟・勝行を送り出して、将行は軽くため息をついた。
「すまんな、るり子。なんか放っておけなくてな。……本気で、入水するように見えたから……」
 真剣な表情の将行に、るり子は首を横に振った。
「いいえ。なにもあなたが謝る事じゃないですし。これも何かのご縁だと思いますわ。私、あの方のお姉さんと同級生でしたし」
「へえ」
「最近はお会いしてませんが、今は確か椎名家に嫁いでらしたかと」
「ほお。確か椎名家の7代宗家も今こっちにいらしていたな。まあ、何があったかはわからんが、篠崎家も後継で少々もめているらしいと鈴木の爺さんが言ってたしな……」
「……心配、ですね」
「ああ。少し落ち着いてくれるといいがな……」


     ☆     ☆     ☆


 航太が風呂から上がった頃には、もう従業員が朝食の準備に動き始めているようだった。航太の姿を見つけ厨房から出てきた将行は、板前の白衣に身を包んでいる。
「おう、あがったか。温まっただろ?」
「はい、とてもいいお湯でした。ありがとうございます」
「部屋準備したから、ついでに朝飯も食って少しゆっくりしろ」
「いえ、そんな、とんでもない。そこまでご迷惑おかけしては――」
「……」
 将行は航太の腕をぎゅっと掴む。何も言わないが、その目は真剣に航太の身を案じているものだった。
「るり子、部屋案内してくれ」
「はい。どうぞこちらです」
「……すみません、ではお言葉に甘えさせていただきます」
 深く将行に頭を下げ、航太はるり子の後に続いた。その細身の後姿を見送った将行は大きく吐息すると、白衣の袖をまくって厨房に戻った。
「あの……すみません、なんだかご迷惑をおかけして」
「いいえ、そんな事ありませんわ。……あら、申し遅れましたわね、私三澤るり子といいます」
「篠崎航太です」
「私、実はお姉様の海穂(みほ)さんの同級生なんです」
「え? そうなんですか?」
 驚いた航太だったが、予期せず姉の名を聞いて表情をほころばせた。
「きっと『せんげんさん』のご縁ですわ。せっかくですからゆっくりしてらして」
 にっこり微笑むるり子に、航太も素直に笑顔を返した。
「はい、ありがとうございます」





細切れだけど、とりあえず更新。
たぶん河口湖畔だと思われwww 
カンケ―ないけど、航太君は年上の女性に好かれるし、彼も弱いと思う。恋愛うんぬんっつーより、弟みたいに年上の女性がなぜか本能的にかまってしまうタイプで、航太君自身もそれが心地いいっつーか。まあ、シスコンだし、梨花さんの事も姉のように信頼して慕ってますし。


更新日:
2014/10/27(月)