メリークリスマス、、、。  ☆
 
 待ち合わせの時刻19時を10分程過ぎても、求める人物は現れず、少年は大きくため息をついた。
 街はイルミネーションにあふれ、クリスマスムード一色。ブルーのLEDで飾られた大きなツリーの下には、自分と同じように時計と周囲を交互に何度も見つめている人、携帯でメールを打つ人、プレゼントとおぼしき荷物を抱えている人……。皆恋人との待ち合わせだろうか、その表情は明るく待つ事が苦ではないようだ。
 かくいう少年・隆聖(りゅうせい)もそうだ。いつもの自分ならカンカンに怒っているはずなのに、こうやって寒空の中待っているのも、ドキドキしてなんとなく楽しい。それもこのクリスマス特有の雰囲気のせいなのか、それとも大切な人を待っているからなのか。あるいは、その両方か。
 彼女が遅れてくるのは今日に限った事ではない。いつも彼女は走ってやって来る。運動が苦手な方なのに、息を切らせ走ってくる。そして、遅刻の言い訳を一切しないのだ。自分なら「どうせもう待たせているのだから」と歩くだろうし、適当な理由をつけて言い訳するのに彼女は違う。とはいえ、隆聖自身が彼女を待たせた事は皆無に等しいが。素直というか、馬鹿正直というか、要領が悪いというか……。
「……ったく、しょうがないヤツ」
 ぽつりとつぶやいて、苦笑する。
 吐く息が白い。ビルの谷間から見上げた夜空は高く冴え冴えとしていてる。冷たくなってきた指先を暖めるように息を吐きかけ、隆聖はコートのポケットに手を突っこんだ。指に触れるのは、小さな袋に入った彼女へのプレゼント。ブランド物のバッグやアクセサリーといった高価な物ではないけれど。それでも彼女はきっと喜んでくれるとそう確信している。しかし……。
「つ〜か、今日ぐらいは遅刻してくんなよ……」
 そう独りごち苦笑交じりのため息をつくと、隆聖は携帯を取り出した。しかし、かける相手は彼女ではなく、自分達を待っていてくれる人へだ。3コールで相手が出た。
「もしもし、叔父貴、俺。ごめん、あいつま〜た遅刻。そっち着くのもう少しかかる……。うん。んじゃ、後で」
 携帯を切ると無意識でまたため息が出た。この聖なる夜にまで待ちぼうけをくらうとは……。
 
 
 
 携帯を切り、(はじめ)はふふっと笑った。
「何笑ってんの?」
 キッチンで料理の準備をしていた航太(こうた)が怪訝そうな顔をして尋ねる。
「いや、真琴(まこと)また遅刻だそうだ」
「……」
 肇の言葉に、航太はがっくりと肩を落とす仕草をするが、その表情はやはり笑っていた。
「イヴにまで隆聖君待たせるとは……。流石真琴ちゃんらしいっていうか……」
「ほんと、真琴はかなりの大物だよ……」
 くすくすと笑いながらダイニングカウンターに座る肇。長い脚を持て余すように組むと、近くで冷やしていたシャンパンに手を伸ばす。
「こら、まだ開けるな」
 ビーフシチューの味の調整をしていた航太だが、肇の雰囲気を察知して振り向かずにたしなめる。
「いーだろ、どうせあいつら未成年なんだし。開けちまおうぜ〜」
「……仕方ないな。ちょっと待って、グラス出すから」
 こういう時の肇はまるで駄々っ子のようで下手に反対しない方がいい事を、航太は経験上知っている。中学時代に出会い、それ以来20年近い時を共に過ごしてきた。肇に心の傷を暖められ、支えられていくうちに、友人以上としての感情を抱いていった航太。そして肇もまた、愛した女性を失った事や父との確執で出来た心の傷を航太に癒され、彼を愛おしく思うようになっていた。親友だった2人が《特別》になったのはちょうど1年前のクリスマスの頃……。
「……航太」
「ん?」
 グラスを洗って拭いていた航太が振り返ると、カウンターに頬杖をついた肇がじっと見つめていた。その表情はとてもやわらかく、瞳はやさしい色をしている。以前の彼からは想像もできないぐらい穏やかで満ち足りた表情だ。
「……何?」
「愛してるよ」
 唐突な、さらりとした愛の告白に、一瞬言葉を失う航太。言った当の本人は、まるで少年のように瞳を輝かせながら航太の返事を待っている様子だった。
「……馬鹿」
「馬鹿とは何だよ、馬鹿とは」
「……唐突過ぎるんだよ」
 穏やかな航太にしては珍しくぶっきらぼうな口調になってしまうが、それは彼特有の照れ隠しだ。肇はくすくす笑いながら航太を手招きする。
「で、お前は?」
「……ほら、シャンパン開けるよ」
「無視かよ」
 苦笑する肇。グラスをカウンターに置いた航太の手をすかさず捕らえ、そしてその瞳を真っすぐのぞきこむ。
「航太……愛してる」
「……うん、俺も……」
 そして、ゆっくりと唇が重なった。触れただけの口づけを離して、肇はやさしく微笑んだ。
「……メリークリスマス」     
 
 
 
「こら〜! 何分遅刻したと思ってるっ!」
 人波をかき分けるようにして走ってくる少女・真琴を見つけて、そう大きな声をかける隆聖。真琴は、うひゃぁとか口走りながら隆聖の元へ走ってくる。ポニーテールが大きく揺れる。一生懸命というか、あまりに必死なその姿に、隆聖の口元がゆるむ。どんな説教でいじめてやろうか、と思っていた彼だが、あんなに一生懸命な表情で走ってくるのを見ると、結局許してしまうのだ。これも惚れた弱みか……。
 勢いよく隆聖の目の前で急ブレーキをかける真琴。肩でぜーぜーと息をしながら、頭を下げる。その胸にはケーキの箱らしき物が大事そうに抱えられている。
「ご、ごめんっ!」
「……ったく、今日ぐらいは勘弁しろよぉ」
「ほんっと、ごめんっ!」
「しゃーねーな。行こうぜ、叔父貴と航太さんが待ってる」
「……うん……」
 うなずきながらも不思議そうな表情で小首を傾げる真琴。
「何だよ?」
「……怒んないの?」
 いつも遅刻しては隆聖に説教される真琴なのだが、今日はやけにあっさり許されたのに少々面食らったようだ。
「……今日は特別だ。ただし今度遅刻したらメシお前のおごりな」
「え〜」
 頬をふくらませる真琴、隆聖はそれを指でつついた。その頬がやけに冷たくて、隆聖はふうと吐息する。いつもかけているマフラーを今日はしていない。
「お前、マフラーは?」
「あ、玄関に忘れてきた……」
「……ったく……」   
 ぶつぶつと文句を言いながらも、隆聖は自分のかけていたマフラーを外し、真琴の首にかけてやる。その頬がピンクに染まった。
「……ありがと」
「ほら、行くぞ」
 真琴の左手を取り、そしてしっかりと繋いで隆聖は歩き出した。手を繋いでいないとはぐれてしまいそうな程の混雑ではなかったが、今日は特にこの手を離したくない、そう隆聖は思っていた。出来れば、この先も、ずっと……。
「真琴」
「何?」
「……来年も、もっとその先も、こうして一緒にいられるといいな……」
 返答の前に、真琴の指が隆聖を強く握り返した。
「うん、そうだね。メリークリスマス、隆聖」
 返ってきた言葉と笑顔は、隆聖にとってどんな綺麗なイルミネーションよりも輝いて見える。この手を決して離さない、そう心に誓って隆聖も笑顔を返した。
「メリークリスマス」
 
 
 
 
 
 
クリスマス短編です。よかった、間に合った……!
オリジナル小説『BLUE KINGDOM』の主人公・肇さん(なぜか彼はさん付け)と航太君カップル、肇さんの甥っ子・隆聖君&真琴ちゃんの高校生カップルのクリスマスです。番外編というか、本編の1年後の設定になってます。てか、本編も載せたいのですが、いかんせん大風呂敷広げまくってるので、もう少し整理がついたらぼちぼち載せていきたいと思っています……。がんばるぞ〜!
一応R−15ついてますけど、軽いちゅーなんで・・・(笑)。本編は確実にR−18になると思ひます・・・(^^ゞ
 
ちなみに、イメージソングは、風味堂の『メリークリスマス、、、。』と、ハラフウミ(原由子×風味堂)の『夢を誓った木の下で』でした。
 
 

更新日:
2008/12/24(水)