ONLY LOVE CAN BREAK YOUR HEART 航太version 1


 未明の湖畔に佇む細身の影がある。
 月明かりが水面に映る午前4時過ぎ。薄暗くひっそりと静まり返った湖畔、鳥のさえずりさえまだ聞こえない。時折風が木々を揺らす音だけが響いている。
 少しずつ東の空が明るさを増していくものの、あまりの静けさに水面に引き込まれてしまいそうな恐怖すら覚える。しかし、どこか心の片隅で、そうしてしまえば楽になる、と囁くもう一人の自分がいる。
 どれくらいの時が流れたのかすらわからない。一歩足を踏み出すか否か、その葛藤に足が竦み、一歩も動けない……。
「――おいっ!!」
 不意に背後から声がかかり、篠崎航太はびくりと身体を震わせた。こわばった身体がやけに過剰に反応したのは、その声があまりにも似ていたからかもしれない、()に……。
 航太は声のした方に静かに振りかえる。そこには30代後半だろうか、まるで格闘家並みの体躯の持ち主が立っていた。トレーニングウエア姿の彼は、怪訝そうなまなざしで航太を上から下まで凝視した。
「…足はついているな」
 あまりな発言に、航太は思わず苦笑をこぼすしかない。
「幽霊に見えましたか?」
「悪いな。後ろから見たら、まるで今にも入水するように見えたからな」
 そう言って見せた男の笑顔は、やはりどこか()の面影が重なり、航太の心はちくりと痛んだ。
「…あんた、地元のもんじゃないな。こんな綺麗な兄ちゃん、ここいらじゃ見かけないしな」
 じろじろと無遠慮な視線を投げる男。初対面なのに居丈高な態度ではあるが、なぜかそれほど気にはならない。
 男は、はたと思いついたように声を上げた。
「ああ! もしかしてあんたが噂の篠崎の次男坊か?!」
 男の言葉に、航太は眉を寄せた。
「……僕を、ご存じなんですか?」
「ああ、俺は浅間神社の神楽講の一員だ」
 男の言葉に航太は納得したようにうなずいた。
「そうだったんですか」
「申し遅れた、俺は三澤将行(みさわまさゆき)、三澤旅館の者だ」
「篠崎航太です」
 将行が自然に右手を差し出したので、航太も握り返す。ふふっ、と笑みをこぼした将行の姿も、また重なる。胸が、痛い。
「そうか、あんたがか。なるほどね」
「?」
「『この世の者ならぬ美貌の持ち主だ』なんて言ってたご老体がいたが、あながち大げさでもないな」
 航太は少し困ったように微笑んだ。
「で、何してんだ、こんな時間にこんな所で。まさか本気で入水する気だったんじゃないだろうな?」
 厳しい将行のまなざしに、航太は息を吐いた。
「……本気、だったら」
 うつむきながらぽつりとこぼした航太の言葉を、しかし将行は聞き逃さなかったようだ。強い力でぐいと腕を掴まれ、航太は顔を上げた。
「……何があったかは知らないが、関わっちまった以上は仕方ない。もうすぐ夜が明ける。とりあえず俺ん所でゆっくり温泉にでも浸かって、その冷えた体を温めたらいい。このままじゃ風邪をひくぞ」
 航太を見下ろす将行の心配そうな表情と諭すような言葉。思わず涙がこぼれそうになる。あまりに真摯な瞳の色が、()に酷似していたから。
「見てみろ、夜が明ける」
 将行の声に航太が顔を上げると、東の空が色づき始めてきていた。湖面に映る空の色も、次第に赤紫に変わっていく。
「綺麗だろ」
 遥か彼方の雲の切れ間から差し込む朝日。小鳥達が囁き出す。
 航太の頬を、涙が一筋伝い落ちる。
「……行こうか」
 どれくらいの間、その黎明を見つめていたのか。将行の言葉に航太はゆっくりうなずいた。





時系列は本編中、大ヤマ場直前ですね。別離直後の航太。場所は富士五湖のどこか ← おいおい(-_-;) 資料・下調べ不足なので、この程度で勘弁。
めちゃくちゃ久しぶりに書いたなぁ……(´・ω・`)






更新日:
2014/10/07(火)