稽古場の片隅で携帯電話を切り、航太はため息をついた。電話嫌いの肇からの突然のコール、何事かと思えば……。
「あらま、どうした? ため息なんかついて。ラブコールなんじゃないの?」
航太の背後から彼の顔をのぞきこみながら、一人の女性が負ぶさるように抱きついた。
「梨花さん、重い……」
「なによぉ、小笠原君の方がもっと重いでしょ?」
「――っ! 梨花さんっ!」
真っ赤になる航太を尻目に、にんまり笑った彼女は橋本梨花。航太の大学時代の先輩で、航太を演劇の道に引っ張りこんだ人物の一人であり、所属する『劇団カレイドスコープ』の座長でもある。
「今日はデート?」
「……聞いてましたね」
「聞こえちゃったの。ま、たまには外でデートするのも新鮮でいいんじゃない? 桜は散り始めたけど、ポカポカ暖かいし。だからって、盛り上がって外でおっぱじめないようにね」
「梨花さんっ!!」
また真っ赤になって怒る航太の肩をぽんぽんと叩く梨花。
「よかったわ、明日オフで。色疲れでフェロモンだだもれのあんたを置いといた日にゃ、九条さんと七緒を刺激しかねないからね……」
にやりと笑う梨花の発言に、航太は反論する気も失っていた。
「な〜に、梨花さん、呼んだぁ?」
「あいや、この地獄耳め」
自分の名が出たのを耳ざとく聞きつけ、東海林七緒が駆けつけた。自称『カレイドのイロモノ担当』、自他共に認める腐女子の彼女にとって、航太達は絶好の妄想の獲物である。
「や、今日姫は久しぶりにお外でデートだってさ〜」
「マジすか? じゃあ、今夜はもう……。うひゃひゃひゃ、萌えるわ〜。マジ想像だけで鼻血もんだわ〜」
梨花の言葉に、七緒のテンションが一気に上昇する。航太は呆れた顔でがっくりと肩を落とした。
「……七緒……」
「ねえ、梨花さん。航太さんの彼氏って鬼畜っぽいと思うんだけど」
「あれは意外に言葉攻めかもよ」
「あ〜、それありかも。てか梨花さん、いつの間にか用語覚えてるし。んじゃ、リバってわかります?」
「リバ? なんじゃ、そりゃ?」
「あのですね……」
こしょこしょと梨花に耳打ちする七緒に、梨花は強く断言する。
「ああ、ない! 小笠原君的にそれは絶対ありえない!!」
熱く語りあっている梨花と七緒の会話は、航太にはまったく意味不明だった。しかし、自分にとってあまりうれしくない事を語っているという事だけはよくわかった。
「橋本、東海林、聞こえないのか! 稽古始めるって言ってるだろうが!」
盛り上がる二人を咎めるような声が響いた。三人が振り返ると、ハーフフレームの眼鏡の男性が腕組みしながらこちらを睨んでいる。わざとらしくブリッジを中指で押さえる彼は、九条雅人。劇団の作家兼演出家で、梨花の高校時代の先輩だ。
「あ〜ら、ごめんあそばせ。なんだか姫と彼氏の話題で二人で勝手に盛り上がっちゃいました」
しれっと悪びれず梨花が言い放ったのに、雅人はちっと舌打ちを返す。以前雅人が航太を狙っていたのを知っている梨花は、いつも雅人をあおりながらも牽制するような発言をし、彼の反応を楽しんでいる節がある。
「……篠崎」
「はい」
明らかに不機嫌そうな雅人の表情。航太は雅人に見えないように梨花を肘で突いた。
「…………。まあいい。二幕から始めるぞ」
何かを言いたそうな風ではあったが、雅人はそれを飲み込んで踵を返した。
「ごめんなさ〜い」
「すんまちぇ〜ん。九条さぁん、あたしのアタマの台詞なんですけどぉ……」
梨花と七緒が茶化すように謝る。七緒はスキップしながら雅人の背中を追った。
「梨花さん。九条さん怒ってたじゃないですか」
「うんにゃ。あれはあんたらがあんまりラヴラヴで入る余地もないから妬いてるってゆーか、すねてんの。あの人未だにあんたの事あきらめきれてないのよねぇ……」
「…………」
「どれ、姫。二幕だ、二幕」
「だから、その姫っていうのやめて下さいっ!」
やけに上機嫌で背中を押す梨花に、航太はまた深いため息をついた。
さて、裏に行く前の幕間versionです。『劇団カレイドスコープ』の愉快な仲間達(笑)です。とはいえ、メンバーはもっといるんだな、他にまだ7、8人ぐらい。ていうか、B・K本編にはほぼ関係ないです、彼らカレイドのメンバーは。時々出てくるのは梨花さんと九条さんぐらい。んだけど、書いてると楽しいんだよね〜……(爆)。本編が重い展開になればなるほど、本気で馬鹿やってる彼らがいとおしくなるぜ……(^_^;)
ていうか、本編を書け、本編を!! (ーー;)
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