桜乱舞 幕間version2  
 
 時は夕刻、所は目黒区のとある住宅街の一角。決して豪華という訳ではないが、重厚で格式ある雰囲気の、悪く言えば古めかしい屋敷の離れから出てくる三人の人影と、それを見送る中年の女性の姿があった。割烹着を着たいかにも所帯じみたお手伝いらしき中年女性は彼らに深々と頭を下げると、早々に屋敷の中に引っ込んでいく。それを確認し、三人は広い庭の小道を歩いていた。
「んあ゙〜っ!」
 先頭を歩く長身の男性が、声にならぬ声をあげて大きく伸びをした。ゴキゴキと肩をならすその表情は、難敵・強敵との戦いを終え、疲労としかし言い様のない充実感に満ちた顔つきをしていた。夕暮れの空を見上げる肇。
「……戦い済んで、日は暮れて、か。いやぁ、我ながら腕を上げたな」
 ぽんぽんと自らの左手を叩いてみせる主を、後に続く二人はそれぞれの表情で見つめた。片や安堵の顔で微笑む美女はこの家の一人娘・志麻。そして片や疲労困憊し、精も根も尽き果てたといった表情でため息をついたアロハの青年は、彼女との婚姻の許可を貰いに来た張本人の修司だ。
「はぁ……」
「生きてるか?」
 主の茶化すような問いかけ。いつもならそれに乗る修司だが、今の彼にそんな精神的余裕はなかった。
「肇様、わざわざありがとうございました」
 返事をする気力もない修司の代わりに、志麻が頭を下げる。
「気にするな。ま、俺もお前らが早くこうなる事を望んでたんだ。敵も相当手強かったが、ねじ伏せた甲斐があるってもんだ」
 にやりと笑う肇。志麻は苦笑を返すが、しかし、修司は未だ気の抜けた炭酸飲料のような雰囲気で二人の背後をついてくる。
「加地。なんだお前、せっかくこの俺が来てやって、しかも敗戦の将じゃないんだから」
「……だってぇ、肇様ぁ……」
 蚊の鳴くような情けない声。能見家の当主で志麻の祖母であるマサに結婚を許されたものの、彼女の修司に対する評価は決して好いといえるものではなかった。『能見家の次期当主の婿』としての修司に与えられたマサからの条件、否、課題は、『主である肇を超える男になる事』。一族の実務的な面でも、人間的な面でも。周囲からの異論反論を己の力でねじ伏せられる存在になる事……。
 修司にとって肇は幼い頃から目標とする存在ではある。しかし、その大きすぎる存在を超えるには並大抵の技量と度量、そして時間とを要する事は明白だった。
「……はぁ……。無理ですって……」
「ま、無理だろうな」
 さも当然だと言わんばかりに、けろりと言い放つ主に、わずかながらも殺気を覚えつつ、修司は思わず立ち止まる。冴えない顔色で深いため息をまた一つ。精神的にめった打ちにされ、ボロボロに傷ついた弟分の背中を、肇は思いっきりひっぱたいた。
「しゃきっとしろ、しゃきっと!」
「ぐえっ!」
 主に肩甲骨の辺りを思いっきり叩かれ、しこたまむせる少々情けない恋人の姿を、志麻は複雑な表情で見つめたいた。婚姻を許されたとはいえ、まだまだ二人のこれからに立ちはだかる壁は高く堅固だ。しかし…………。
「ん? どうした、志麻? 加地に愛想つかしたか?」
「肇様ぁ……」
 からかう肇とまた情けない声を出す修司を見つめながら、志麻はくすっと笑った。
「……時々見ていて妬けます」
「はぁ!?」
「はいぃ?」
 突然の志麻の言葉に、二人は目をテンにしてあんぐりと口を開けた。そんなリアクションもそっくりで、思わず志麻は吹き出した。
「昔から、肇様と加地君の間には女の私は割り込めないんじゃないか、って思ってましたから」
「……おい、加地。お前がもっとしっかりせんから、志麻が訳わからん事を言うんだぞ!」
「そんなぁ……。でも、仕方がないじゃないですかぁ。俺は肇様に拾われて以来、肇様の背中を見て育ってきたようなものですから」
「俺はヘタレじゃねぇっての! そこをもっと見習え。それに志麻。言っとくが俺はこいつに変な気なんか起こさねえからな。基本(・・)至ってノーマルだ」
「……え゙〜?」
 非難がましいような疑いのまなざしを送る修司をデコピンする肇。
「なんだ、その目は。俺は、基本、と言ったからな。……アイツは特別だ」
 最後の方はつぶやくような言葉だったが、それは修司と志麻の耳にもはっきりと聞こえ、二人は微笑った。
「すみません、肇様。忘れて下さい」
「そうですよ、志麻さん。冗談でもやめて下さい。俺はこんな野獣みたいな人の相手は出来ません。じゃなくてもただでさえ色々と……あっ……」
「……色々と、なんだ? 言ってみろ、修司」
 思わず口から紡ぎ出た言葉をストップしたが遅かった。修司が恐る恐る目線を向けると、肇が腕組みをしながらまさに仁王のような雰囲気で立っている。視線が痛い…………。
「何でもありませ〜ん!!」
「あ、てめぇ、こら!」
 脱兎のごとく逃げる修司と、それを追う肇。まるでの〇太とジャイ〇ンのようだと思いながら、志麻は苦笑しながら二人の後を追った。
「もう、肇様も加地君も。いい大人なんですから……」
「黙ってろ、志麻。言っとくが、俺は修司をこんなヤツに育てた覚えはねぇぞ!」
「親の背中を見て子は育つ、って言いますからね〜」
「っつ! てめぇ、言うに事欠いて親とはなんだ、親とは! 修司、今日という今日はもう、勘弁出来ねぇ! そこへ直れ! 刀の錆にしてくれるっ!」
「どこに刀持ってんですかぁ? てか、肇様の『刀』は航太さん専用じゃないですか! 今日はこれからデートなんでしょぉ? 俺なんか切らないで下さいよぉ!」
「――!! っ、修司っ!!」
 思わぬ手下の反撃に、肇は彼を真っ赤になって追いかける。修司も先程のへこみ具合はどこへやら、やけに元気に主を翻弄するように逃げ回っている。
「…………まったくもう、小学生じゃないんだから……」
 尊敬する主と、愛する未来の夫のじゃれあう姿を眺めながら、志麻は深いため息をついた。
「ああ、やっぱり妬ける……。早まったかしら……」
 祖母・マサの課題はあまりにも厳しい。そして、今目の前で繰り広げられているいい大人の男二人の攻防は、見ていて先が思いやられる。しかし……。
「ま、仕方ないか。惚れた弱みよね」
 そうひとりごちる志麻。その言葉が果たしてどちらに向けられたものだったのか、志麻自身にも微妙だった。実は肇は志麻の初恋の相手だ。もちろんそれを知る者は彼女しかいない。幼い頃から信頼を寄せている主・肇。そして肇の元で成長した修司。二人はとてもよく似ている。思春期の頃から肇の配下という立場で行動を共にするようになった二つ年下の修司に、志麻が心を寄せるようになったのも当然といえば当然なのかもしれない。
「……でも肇様、不本意でしょうが、加地君はあなたを超えますよ」
 主の背に聞こえないようにそうつぶやく志麻。なぜかそう確信できる。肇によく似て、修司もとても大きな人間だ。全ての苦悩を自分の内に秘め、それでも明るく笑っている男だ。時間はかかるだろう、しかし必ず彼ならば祖母・マサの期待に応える事が出来る。マサは頑固で厳しいが、人の本質を見抜く能力に優れ、そして何より自分を愛していてくれるのを志麻は知っている。口では厳しい事を言っていても、それは愛する孫と一生を共にする修司への期待の表れで、餞のようなものだ。
「……でもねぇ、いくらキャパが広くても、こんな時にまでアロハとは……」
 修司の背を見つめながら苦笑する志麻。流石の肇もワイシャツにネクタイ姿なのに対して、主役であるはずの修司はいつも通りのアロハシャツ姿。今日の柄は黒地に桜の模様が鮮やかな長袖だ。修司のスーツ姿を見るのは年に一回でも多いぐらいだ。
「……ふう」
「志麻、置いてくぞ!」 
 ため息をつきながら立ち止まった志麻を、門をくぐりながら肇が振り返る。いつの間にか門の前には修司がシルバーメタリックのレクサスを横付けしていた。
「あ、はい」
 そう言って小走りに門へと向かう志麻。外に出る前、一度振り返る。遠目ではあったが、離れの縁側でこちらを見つめる小さな影を確認し、志麻は深々と頭を下げた。
「……ありがとう、おばあちゃん」
 爽やかな春風が志麻の髪をすり抜けていった。




おお、一日2本UP出来たぁ! ううむ、奇跡的! 幕間version2です。最初は予定になかったんだけど、カレイドチームを書いたら、肇さんと加地くん&志麻ちゃんも書きたくなってしまいまして、結果こうなりました。肇さんと加地くんのやりとりも書いてて楽しいんだよなぁ。

どれ、んじゃ次こそ裏ですね。……むふ♪ しかし、諸事情によりしばらくプライベートの休みナシなので、しばらく先になりそうです。しかし、4月7日までには何とか書き上げたいもんです。あ、4月7日に深い意味はありません。なんとなく中学の入学式の日付をそう設定しただけですよん。
更新日:
2009/03/27(金)