桜乱舞 裏version  ☆☆  
 
 ちゃぷん、と水音が響く。乳白色のお湯とサクラの香りの漂うバスタブの中、航太はふう、と息を吐いた。
「ん? どした?」
 
背後から肇が航太の肩に顎を乗せる。しばらくしても返事はなく、航太はけだるげにまた息を吐いた。それが意図したため息ではなく、何気なくこぼれたものだと理解した肇は、航太の濡れた首筋に何度も唇を寄せる。ただでさえ色白の航太の肌は、程よく温まりピンク色に上気している。そして、先刻のベッドでの証がさらに紅く色づいていた。
「……あれ? こんなとこにつけたっけ?」
 肇は航太の耳の裏側の鬱血をぺろりとなめた。
「ひゃっ」
 航太がびくりと身体を震わせた。水面が揺れる。
「……っ、お前以外に誰がつけるんだよ……。ていうか、手首が痛い……」
 肇の顔を手で押しのけながら、航太は不満そうにつぶやく。航太の両手首にはうっすらと何かで擦れたような痕がついていた。
「怒ってんの?」
 腕の中の航太は怒っているような不機嫌そうな雰囲気を漂わせている。原因はわかっているのだが、肇はわざとらしく尋ねてみる。
「……別に……」
 返ってきた言葉は否定の内容ではあったが、その声色は確実に肯定していた。
「何だよ、怒ってるじゃん」
「怒ってない!」
 むきになって答える航太に、肇は微笑んだ。普段はあまり感情の起伏を表に出さない航太だが、自分にだけは意地を張ったり素直になったりしてくれる。そう思うのは自惚れではないだろう。そして、特にそれは航太が酔っている時や、情事の時は顕著に現れる。
「かわいい」
「かわいいって言うな」
 航太がそう反論するのをわかっていてその言葉を選ぶ肇。くすくすと笑いながら、何度も何度もその唇を航太の身体に降らせていく。時にやさしく、時に激しく。
「……んっ、これ以上、増やすなっ……」
 身をよじらせ微かに抵抗する航太だが、肇は気にする風もない。しかし、航太自身もそう言ったところで肇がそれをやめる気はない事を知っている。
「……あっ、ん」
 甘い声がバスルームに響く。治まったはずの熱情が再び頭をもたげてくる。
「……航太」
「な、に?」
 愛撫を止めそう呼びかけた肇を、航太は振り返り見つめた。潤んだ瞳の中に自分の姿だけが映されているのを認め、肇は反射的にその唇を奪った。
「足りない。まだ、全然……」
「んっ、は、じめっ……」
 何度も唇を重ねては離し、舌を絡める。何度も角度を変え、キスを深くしていく。くちゅくちゅとわざと音をたてて航太の唇を味わう肇。最初は受け入れるだけだった航太も次第に積極的に舌を絡め、そしてその細い身体をすり寄せた。肇の指が航太を探り、その蕾に触れる。
「あっ……」
「お前も、だろ?」
「……んっ、く……あんっ……」
 肇の指がゆっくりと侵入する。先程の行為で充分ほぐれたそこは、すんなりと肇の長い指を受け入れ、そして包み込むように締めつけてくる。
「……っつ、まっ、て……ダメっ……」
「何が? ここは駄目って言ってない」
 そう言って航太のある一点を刺激する肇の指。びくん、と激しく航太が身体を震わせ、嬌声をあげた。
「ああんっ」
「ほら。身体は正直だろ」
「……やっ、あん、いじわるっ……」
 舌足らずな甘えた声も肇の指を一層激しくさせる材料になる。肇が指を増やしたところで、航太は激しく頭を振りながら身悶えする。
「やっ! ……やだぁ、肇っ」
「何が? 言ってみな」
「あっ、だ、から……やだ……」
 航太の耳朶に軽く噛みついて、息を吹きかける。航太の弱点の一つがそこである事をよくわかっての肇の行為。航太はたまらず唇を重ねた。
「……ほら、言って……」
「……指じゃ、やだ……」
 羞恥に顔を染める航太。しかし肇は容赦ない。
「それじゃ駄目」
「ああん、だって……」
「ちゃんと言わないとしないよ?」
 そう言いながらも指は執拗に航太を刺激し続ける。航太の潤んだ瞳から一筋の涙がこぼれ、肇はそれを舌ですくって舐め取った。
「……っつ、お願いっ……肇のが、欲しいっ」
 そう言うのが精一杯の航太。肇はふと表情をやわらげ、航太の額にかかった濡れた前髪を払うとキスを落とした。
「いいよ、おいで」
 航太から指を抜いた肇は、その身体を抱き上げ、自らの上に乗せる。
「……ほら、腰落として」
「ん……」
 肇はまるで味わうようにゆっくりと航太に押し入った。
「ああっ・・・」
 熱く硬い肇が航太をじわじわと蹂躙していく。ドクドクと脈打つ肇の欲望を自らの内に感じ、航太はゆっくりと息を吐いた。
「……はじめ……」
「……ん?」
 己の全てをゆっくりと奥まで挿入すると、肇はまた航太の髪を撫でる。視線がぶつかり、どちらからともなく唇を重ねた。
「……ね、早く。う、ごいて……」
 鼻にかかった甘えた航太の言葉は、肇に残っていた僅かな最後の理性を取り去るには充分すぎる程だった。





 時は遡り4月7日の夕刻。劇団の稽古が終わった航太と、迎えに来た肇が合流した頃。近くの公園で桜を眺め、夕食を済ませた後、電車で新宿まで帰ってきた。普段、極力電車や地下鉄といった公共交通機関を利用しない肇だが、今日はなぜか電車でいいと言う。なぜか、と問う航太に、
「今日はお前を見せびらかして歩きたいから」
 と、いつもの冗談なのか本気なのかわからないような言葉が返ってきた。
 そして、行きつけのカウンターバー『silver moon』でグラスを傾け、 店を出た頃には既に日付が変わっていた。ほろ酔い気分で上機嫌の肇に誘われるまま、二人は帰りの道すがら新宿中央公園を散策していた。
 緩めていたネクタイを解き、無造作に垂らしたまま歩く肇を見て、航太はくすっと笑った。
「何だよ」
「いや、肇のネクタイ姿なんて久しぶりに見たなぁ、と思って」
「仕方ねぇだろ。志麻のばーさんはそういうのにうるさいんだ。って言ってんのに加地のヤローときたら、またアロハ着て来やがって……」
「ふふ、加地君らしいね」
 そう言って笑う航太。一歩前を歩いていた肇が突然立ち止まった。どうしたのかと隣に歩み寄りその顔をのぞくと、彼はまるで目を奪われたように桜の樹を見上げていた。
「肇って本当に桜好きだよね」
「ん、そうだな。お前みたいだし」
「は? また訳わからない事を……」
 航太の頬が花びらより鮮やかな色に染まったのは酔いのせいだけではないようだ。
「綺麗ではかなげで、でもどこか妖艶で誘ってる。モロお前じゃん」
「俺のどこが誘ってるんだよ」
「……全部」
 そう言って肇は航太を抱きしめた。
「っ、馬鹿っ! 何するんだっ」
 真夜中の園内とはいえ、人目のある場所での抱擁に動揺して抵抗する航太。しかし、肇の腕はびくともせず、しっかりと胸の中に航太を抱き寄せていた。
「……なぁ、航。今日、いやもう昨日か、何の日だか覚えてるか?」
「……昨日?」
 きょとんとして首をかしげる航太。素でわからないようだ。肇は苦笑する。
「覚えてねぇのかよ……」
「何? 何かあった?」
「……いや、いい」
「何だよ、気になるなぁ。もったいぶらずに言えよ」
 腕の中で不満げな顔をして自分を見上げる航太がたまらなくいとおしくて、肇は唇を重ねた。
「……お前っ」
 耳まで真っ赤にしてじたばたと抵抗する航太を軽くねじ伏せ、肇はにやりと笑った。
「忘れた罰。今日は寝かせねぇ」
「は? 何だよ。訳わかんねぇ! つーか、そろそろ離せ!」
 珍しく口の悪い航太だが、それが彼なりの精一杯の抵抗だという事を肇は知っている。
「そんなとこもやっぱりかわいいな、お前は。でも無理、絶対離さない」
 そう言ってまた強引に唇をふさぐ肇。翻弄されていた航太も、次第に肇の熱情に刺激され、我を忘れて舌を絡めていた。
「……航、帰ろう。早くお前を抱きたい」
 真剣な瞳のストレートな言葉に、航太はこくりと頷いた。
「…………うん」



 自宅である高層マンションに帰り着いた二人。肇はエレベーターの中でも衝動を抑えられない様子で航太に唇を重ねてきた。
「……っつ、肇……カメラ……」
「気にすんな」
「でもっ……」
 二人の住まいはコンシェルジュが常駐し、セキュリティも万全な、設備も価格もハイグレードな高層マンションだ。当然エレベーターには防犯カメラが取り付けてある。わずかに抵抗する航太の腰を抱き寄せると、肇は操作盤の前の角に移動する。
「これでだいぶ死角だろ」
 そう言ってまた唇をふさぐ。そして、その指は航太のシャツのボタンを外し、白い肌を撫でていく。その動きはまったく酔いを感じさせない。
「……ま、待って……」
 かろうじて離した唇からこぼれた航太の制止の願いも、肇はまったく意に介さず、その唇と舌と指でかろうじて残った航太の意識さえも蹂躙していく。もう歯止めが効かなくなる……。
「んっ……肇っ……」
 夢中で応える航太は、目的の最上階に着いた事にも気付いていない。肇は力なく崩れ落ちそうな細い腰を抱きかかえるとエレベーターを降りた。
「ドア開けて」
 航太を横抱きにした状態なので、肇の両の手はふさがっている。航太に部屋のロックを解除させ、肇はそのまま廊下を進んでいった。
「肇、靴……」
 肇はエントランスで靴を脱いだが、抱き上げられた航太は靴を履いたままだ。しかし、肇は戻る様子もなく、
「そこらへんに投げとけ」
 と言うとまた唇を重ね、そのまま寝室に直行する。
「……っつ」
 少々乱暴に航太をベッドに下ろす肇。軽く身体が跳ね、スプリングが軋む。その強引さに不満を口にしようとした航太だったが、次の刹那息を呑む。肇の瞳は欲情を隠そうともせず真っすぐ自分を見下ろしている。やや赤味がかった茶色の虹彩が印象的な、その熱く激しすぎる瞳に、視線だけでなく心まで奪われる。
「……ああ、そうか……」
 不意につぶやいた航太。肇は怪訝そうな顔をした。
「どうした?」
「思い出した。その瞳、初めて見た日だ。あの日もお前は俺を見下ろしてたよな……」
「やっと思い出したか。馬鹿」
 肇はうれしそうに目を細め、ベッドに膝を下ろしゆっくりと身体を航太に近づける。航太はそれを受け入れるように、肇の首に両手を回した。
「あれから俺はずっと肇の瞳に捉まったままだ。強くて、不器用なぐらい真っすぐで……」
「お前に捉まったのは俺の方だ。あの日、桜の散る中に立っているお前を見て、心が騒いだ。……航太……」
「……な、に?」
 航太の言葉が震えかすれている。お互いに視線を合わせたまま、沈黙が流れる。永遠のような、一瞬。
「……愛してる」
「俺も、愛してる……」
 航太の言葉を聞くや聞かずで唇が重なった。もつれるようにベッドに倒れこむ二人。
「……んっ、肇っ……」
 航太のシャツを剥ぎ取るように脱がせ、自らのネクタイを引っ張って手に取った肇の瞳が怪しく光った気がした。ネクタイを持ったままにやりと不敵に笑う。嫌な予感が、する……。
「……肇?」
「……やべぇ、縛りたくなった」
「はぁ? 冗談っ!」
「な、ちょっとだけ。そんなにきつくしないから」
「嘘だろ! やめろって!」
 抵抗する航太を笑いながら押さえつける肇。その腕はびくともしない。身長差は10センチ以上あるし、幼い頃から武道で鍛えた肇の肉体は、航太を楽々と抱き上げられる程だ。航太の抵抗も虚しく、肇は彼の両手を頭上でまとめあげると、その両手首をネクタイで縛った。とはいえ手首は少し動かせる、しかしどんな巧みな結び方をしたのか、航太がもがいてもその結び目は固く、解ける様子はなかった。
「馬鹿! 解け!」
「罰、変更。まずはこのまましよ」
「やめろって!」
 激しく抵抗する航太の露になった胸元に、そっと唇を寄せる肇。
「――!!」
 びくん、と航太が震える。その手はまだ微かに抵抗を続けている。肇は熱い愛撫をくわえながらそっと囁いた。
「暴れるなよ、擦れると痛いぞ」
「……んっ……」
「いいじゃん、たまにはこういうの。燃えない?」
「っつ、馬鹿! くっ、ああっ……」
「あ、すげぇ、マジかわいい。やっぱお前って、やってる時の顔が一番イイわ、マジで……」
「……ばっ、あんっ」
 反論しようとしたものの、航太の唇からは甘くせつなげな喘ぎがこぼれる。自らの声に羞恥で頬を染める航太がいとおしい。
「ごめん、マジで今日は手加減出来ねぇ……」
「……は、じめっ。ああっ……!」



     ※   ※   ※   ※   ※




 その後、航太が泥のような深い眠りから目を覚ました頃には、もう既に日は西に傾きかけていた。
「……はぁ……」
 だるく重い体を無理矢理起き上がらせ、航太はベッドを下りた。行為の最中に意識を手放してしまった航太だが、その身体は清潔にされた上、愛用のシルクのパジャマに包まれていた。
「……ん……、腰痛い……」
 身体中が悲鳴をあげている。それもそのはず。ベッドで航太の手首を縛ったままの行為の後、バスルームで汚れを落とすつもりがそこでも一戦交え、またベッドに逆戻りしてしまった。航太が意識を飛ばしてそのまま眠りについてしまったのは、実際何度目の時だったのかすら覚えてはいない。それほど激しく、しかし甘い夜だった。
「お、おはよ」
 航太がリビングに顔を出すと、ソファーでは肇が煙草を吸っていた。その顔には満面の笑み。疲れを感じさせる様子はなく、それどころかやけに生き生きした表情で航太を見つめている。
「……めちゃくちゃ腰痛いんだけど……」
 自分の疲労の度合いに反比例した肇の様子に航太は唇をとがらせる。納得がいかない。すねている愛しい恋人を見て肇はやさしく微笑むと、その手を広げた。
「おいで」
 航太は重い身体を引きずって肇の傍まで歩み寄ると、彼の胸に飛び込むようにソファーに崩れ落ちた。腕の中の航太をやさしく抱きしめ、その髪を撫でる肇。
「……手首も痛い……」
「ごめんって。後で薬塗ってやるから」
「もう、絶対やだからね! 今度あんな事したらっ……」
 航太が早口でまくしたてながら顔を上げると、そこにはえもいわれぬやさしい表情で自分を見下ろしている肇がいる。
「あんな事したら?」
「……とにかく、もう絶対にするなよ!」
「はいはい。……でもさ、いつもより感じなかった? お前、すげぇいい声で啼いてたし、めちゃくちゃ乱れてた」
「――っ! 肇っ!!」
 真っ赤になって怒る航太を見て、肇はからからと高笑いした。また肇の胸に顔を埋め、航太はぽつりとつぶやいた。
「……性格悪い」
「そんなのに惚れたお前が悪い」
「…………もういい……」
 こういう時の肇に口で敵う訳がないのを、航太は何度も経験して知っている。しかし、こんな些細なやりとりさえも幸せだと感じる。こうして側にいて、彼のぬくもりを肌で感じられる事が、今の航太にとっての最高の安らぎである。航太は静かに目を閉じた。
「……航太?」
「……だるいし、まだ眠い……」
「いいよ、寝てろ」
 腕の中で笑う航太。無防備な表情を見せるその額に優しくキスを落として、肇も心の安らぎを感じていた。
「……こういうのを幸せって言うのかもな」
「……うん」
 暖かい午後の日差しが差し込むリビングのソファーで微睡みながら、二人は幸せをかみしめていた。



 さて後日、航太の手首の微かな痣のような痕を目ざとく見つけた梨花が、七緒と一緒に妄想を膨らませたというのはまた別の話…………。





ああ、やっと出来た……。てか、4月7日過ぎたぞ、8日だぞ! ま、実質日付変わってますからって、げふんげふんげふ……。まあ、松永初の18禁ですが、まだまだヌルイっすよ。てか、これでもUPするには相当の勇気がいるんですけど……(汗)。まあ、あとはおいおいね。
それから、新宿中央公園の描写はほぼ嘘です……(汗)。昔一度だけ通った事はありますが、ロケハンしてないので捏造です。まあ、NETでちょこっと調べたので、桜はちゃんとありますが。

BGMはもちろん風味堂。表versionに引き続き、『世界一甘いキスを交わしたら』がメインテーマになりました。歌詞が超大好きで、二人にぴったりハマってて、ぜひ載せたいのですが、そこはホレ著作権があるので残念ながら……。てか、この歌詞でこの話を書いてしまう俺ってどんだけ腐ってるんだ、ってつくづく思いました……(^_^;) ああ、渡君ごめんなさひ……m(_ _)m



 
更新日:
2009/04/08(水)