雪夜  ☆



「じゃあ、遼平さん、姉さん、ご馳走様でした」
「ああ、気をつけて」
 玄関で義兄・遼平に頭を下げると、航太は引き戸を開け外に出た。空を見上げると、雲の切れ間から冴え冴えとした蒼い月が航太を見下ろしていた。吐く息が白い。
 明日は航太の30歳の誕生日という事もあり、姉・海穂が手料理を振舞ってくれた。海穂や遼平とグラスを傾けながら語りあううちに、まもなく日付が変わろうとする時間になっていた。
「ほんとに送っていかなくて大丈夫?」
 心配そうな表情で見つめる海穂。航太はくすっと笑った。
「大丈夫だよ。ほんとに姉さんは昔から心配性なんだから」
「だって」
「ここから駅まで歩いて5分もかからないよ。若いお嬢さんじゃないんだから襲われないって」
 冗談めかした航太の言葉に、海穂が返したのは思いもよらない言葉だった。
「だから心配なのよ。そこらへんの若いお嬢さんより綺麗だもの、あなたは。それに、あなたに何かあったら、小笠原君に殺されるわ」
 冗談なのか本気なのかわからない姉の発言に、思わずむせてしまいそうになる航太。
「・・・姉さん・・・」
 苦笑しながら純和風の門扉を開けた航太。数メートル先に長身の影が見え、一瞬どきりとする。しかし、その鮮やかなマフラーのオレンジ色で、それが誰かを覚る。
「遅い」
 普段から愛想のよくない表情だが、今はますます仏頂面になっている。薄手の黒のロングコートでは明らかに寒そうだ。
「あらやだ、小笠原君」
 航太に続いて外に出て来た海穂が驚いた表情を見せたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「ども、お久しぶりです」
 ぺこりと軽く頭を下げる肇、しかし表情は渋面のままだ。寒さで強張っているのも理由ではあるだろうが・・・。
「ごめんなさいね、こんなに遅くまで。主人が引き止めちゃったから。航太、小笠原君が迎えに来てくれるならそう言ってくれればよかったのに・・・」
「いいえ、俺が勝手に来たんで」
「・・・電話くれればよかったのに・・・」
 航太はふう、とため息をつく。いつも強引で自分本位な肇だが、時折こういう突発的な行動を取る。それが彼なりのやさしさではあるのだろう。しかし、その意地っ張りの性格からこういう時には言動がますますぶっきらぼうになる。
「小笠原君が来てくれたなら安心だわ。じゃ、気をつけて。おやすみなさい」
「おやすみ、姉さん」
 海穂は先程の心配ぶりから一転して、笑顔で家に戻っていった。肇もその後姿に頭を下げた。門扉が閉まり、二人だけになり歩き出すと、肇の表情は一層苦いものになった。
「遅すぎる」
「・・・遅くなるかも、って言ってただろ」
「にしてももう日付が変わる」
「ったく、仕方ないだろ・・・折角姉さんと遼平さんが招待してくれたんだから。それに、なんなら泊まっていってもいいって言われたのを断って帰ってきたんだから・・・」
 そう言って肇を見上げる航太。その眉間にははっきりと深い縦皺が刻まれている。
「・・・・・・」
「・・・何?」
「なんか腹立つ」
「なんで?」
「・・・知らねぇよ」
 そう吐き捨てるように呟くと、肇は航太の腕をぐいと引き寄せ、強い力で抱き締める。抱き寄せられたその身体がすっかり冷え切っているのに気付き、航太はため息をついた。
「・・・馬鹿」
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」
「こんなになるまで待ってるなんて・・・ほんと馬鹿・・・」
 航太の指が肇の冷え切った頬に伸びる。背伸びをしてゆっくりと唇を重ねて、航太は肇の胸にしっかりと頬をうずめた。煙草とコロンの香りが心地よい。
「・・・馬鹿・・・」
 空気は一層寒さを増しているが、この腕の中はあたたかい。いとおしさがこみあげ、航太は肇に回した手にぎゅっと力をこめた。
 二人の肩に、空から白い粉雪がそっと降り積もる。
「・・・航、雪だ」
「あ・・・ほんとだ」
「帰ろう」
「うん」
 航太を離すと、ゆっくりと歩き出す肇。その手はしっかりと航太の手を取り指を絡め、自分のコートのポケットに入れる。
「寒くないか?」
「・・・ん、大丈夫」
 明らかに自分よりも寒いはずなのに、自分を思う肇の気持ちに胸が痛いほど苦しくなる。
「肇の方が風邪ひくよ・・・なんで、わざわざ・・・」
「・・・日付、変わる時に、お前と一緒にいたいと思ったから・・・」
「・・・馬鹿・・・」
「だから、馬鹿馬鹿言うなっての」
 肇もその言葉が航太の愛情表現だとわかっている。時計に目をやった肇がふと立ち止まった。
「誕生日おめでと」
 まっすぐ見下ろす肇の色素の薄い瞳。いつもは激しい炎を湛えているその瞳も、今はとても穏やかな色をしている。そして、その瞳に映るのは航太だけ・・・。
「ありがと、肇」
「ようこそ、オーバーサーティーへ」
「くっ・・・」
 茶化した肇の言葉。肩を落とした航太を見て、肇はくすくすと笑った。
「はぁ・・・とうとう三十路かぁ・・・」
「ま、特別何も変わらねぇよ。・・・航太・・・」
「ん?」
「・・・俺と出会ってくれて、ありがとう・・・」
 そうぽつりと呟く肇は、すぐにそっぽを向いてしまった。しかし、それが彼独特の照れ隠しだという事も、航太にはわかっている。
「・・・俺の方こそ、出会ってくれてありがとう、肇・・・」
 航太は再び肇の胸に顔をうずめた。肇もしっかりと航太を抱きしめた。
 肇の鼓動が聞こえる。安心してまぶたを閉じる航太。
 ちらちらと舞っていた粉雪が止み、月明かりが降り注ぐ東京の夜。身体は寒さで震えていても、心はあたたかい。隣に彼がいてくれるなら・・・。





BLUE KINGDOM外伝でし。航太君の誕生日は2月9日。本編終了の1年後の誕生日のはず(笑)です。つじつま合ってないかもしれんが、まぁかてぇ事言うなよ! ・・・なんて、肇さんチックになっちまったりして。

しかし、最近は執筆家松永氏もBKチームも遠くへお出かけのようで(笑)、まともに書いたのは超久しぶり。本編の方はwordで打ってるのを手直ししてUPしてるだけだからなぁ。これでなんだかちょっと書く気になってきたぞ! ・・・つってもぼちぼち更新は変わらず、だろうけど・・・(^_^;)
てか、久しぶりに書いたけど、相変わらずのラブラブっぷりを見せつけてくれますな、このお2人は(爆)!

BGMは懐かしのMOON CHILDの『Hallelujah In The Snow』です。





更新日:
2011/01/25(火)