冬の憂鬱


 この気持ちを吐露してしまえたら、どんなに楽だろう……そんな詮無い事が頭に浮かんでは消えていく。冬の午後の太陽が直射する屋上で、篠崎航太はセンチメンタルなため息をついた。
 季節は2月も半ばを過ぎ、卒業式を間近に控えた時期。都内でも有数の名門進学校である航太達の学校・私立城東学園高等部。3年生のほとんどは進路を確定させていた。もちろん航太も推薦で有名私立大学の文学部への合格が決まっていた。
 登校日ではなかったが、なんとなく足は学校へと向いていた。職員室では卒業式の答辞の文面の添削を受けた。とはいえ、現代国語教師の学年主任からは直す所がないと太鼓判をもらったのだが。中等部時代から6年間、図書館の常連だった航太の足はその後自然と図書室に向かい、司書教諭と思い出話を交わした。
 時刻は3時半を回り、授業が終わり、生徒達は部活動に精を出していた。グラウンドで走りこむ野球部やサッカー部の部員達、陸上部は校外のロードワークに出発する。体育館からはボールの弾む音、武道館からは竹刀が打ち合う音。そして、校舎からはロングトーンで音階を刻むトランペットの音……。
 たった1ヶ月ほどしか離れていない今までの日常が、とても遠くに思えて航太は少し切なくなる。先日、同級生よりも遅く18才の誕生日を迎えた彼にとって、この中高の6年間は忘れられない時間である。なにより一番大切だと思える存在に出会ったから……。
 知らず本日何度目かのため息がもれる。そんな航太の背後から、慣れ親しんだ声がかかった。
「よ、どうした。そんなでっかいため息なんかついて」
 振り向くと親友が右手を上げていた。真行寺環。初等部以来の友人であるが、急激に仲がよくなったのは中等部の1年の頃からだ。とある人物を加えて3人でつるむようになったのは、お互いに似たもの同士だったからというのが大きな要因だろう。
「あれ? どうしたの、今日は」
「合格発表」
「どうだった?」
 言葉では何も答えない環、しかし右手にはVサインと顔にはやりきった感あふれるにやりとした笑みが浮かんでいた。環の第一志望は医大の中でもトップクラスの偏差値だったが、周囲は彼の成績だからあまり心配はしてはいなかった。
「流石、環。お疲れ様」
「さんきゅ。これで肩の荷が下りた。ま、大学ぐらいは一応親父の顔立てないとさ、後々好きな事出来ないだろ」
 そう言ってしれっと笑う環。彼の家系は代々東京で総合病院を経営しているが、長男の環にはあまり家を継ぐ意欲はないらしい。
「今までも散々好きな事やってきたくせに」
 ふふっと笑う航太に、環はわずかに眉を寄せた。
「言うようになったよなぁ、航太も。初等部の頃は純真無垢を絵に描いた優等生だったのに」
「失礼だな、誰の影響だよ」
「え? あいつ(・・・)?」
 とぼけたように答える環に、航太は苦笑いを返す。
「お前ら2人」
「え〜、環ちゃんわかんなぁい」
 そんな環のリアクションに思わず吹き出す航太だが、次の瞬間には言いようのない寂しさに襲われ、押し黙る。そんな航太の様子を察したのか、環は航太の隣に立ちフェンスに背中を預け空を見上げた。
「……色々あったからな」
「……そうだね」
 あと10日もすれば、自分達は学園を卒業し、それぞれの進路へと旅立っていく。卒業したからといって、3人の腐れ縁とも言える友情がなくなってしまう訳ではないとわかっているが、今までのようにいつでも一緒にいるという事はなくなってしまうだろう。航太には航太の、環には環の、そして()には()の道がある……。
「で、いいのか?」
 唐突な質問に、航太はどきりとする。何が、と問わなくても、環の質問の意図は明確に感じ取る事が出来る。
「……いいよ、このままで……」
 先程まで考えていた事を自ら否定するように、彼への思いをそっと胸にしまいこむように、航太は一つ大きく息を吐くと冬の晴れた空を見上げた。その色に涙がこぼれそうになる。澄み切って鮮烈で、まるで彼の魂の色のような青に。
 心に秘めた思いは、行き場をなくしてあふれ出すかもしれない。自分が楽になるために、それを彼にぶつけてしまい困惑させてしまうかもしれない。好きになればなるほど辛すぎて、そばにいたいと思えば思うほど距離を置かねばならない。壊れそうな心を抱いているなら、いっそ遠く離れてしまった方がいいと思っても、そう出来る勇気は航太にはなかった。矛盾するせつなすぎる思いを抱えて、それでも彼を見つめていたい、そう思う。
「航太」
「ん?」
「……俺は、何も出来ないし、『応援してる』なんて軽々しい言葉も口には出来ない……。でも、見てるから、お前の事、お前らの事……、だから……」
 環の言葉に航太は首を横に振った。こぼれた涙を隠すように。
「うん、わかってる。ありがとう、環……」
 自分の気持ちをわかってくれる存在がいる、それだけで大丈夫。航太は環の肩に頭を寄せた。
「……ありがとう……」





なんとなく書きたくなった航太君の高校卒業直前の話。彼が自分の肇さんへの思いが友情ではなく愛情だと自覚したのは、この数日前のバレンタインディ(←ここらのくだりは『Have a goodnight sleep...』で書いてます)。
環ちゃんは一番近くで2人を見てきて、それを察知してる。航太の気持ちを。でも、肇もこの直前に美沙ちゃんと運命的な出会いをし、自分には彼女しかいない、と言った事も知ってる……という訳ですな。
せつない……(T_T)

そのうちチャンスがあったら、肇さんと美沙ちゃんの出会い編も書きたいと思います。ま、美沙ちゃんはあの肇さんが本気で惚れた唯一の女性ですから、可愛い顔してるけど性格は結構曲者です(笑)。



 
更新日:
2011/02/21(月)