第1章 西の姉弟、魔都へ〈1〉
 
 翌日、東海道新幹線車内。終点東京駅への到着前のアナウンスが流れ、乗客が慌しく下車の準備を始めた頃、グリーン車内でイヤホンをつけて目を閉じていた静流はゆっくりと目を開いた。長いまつ毛、涼しげな目元、薄い唇、サラサラの漆黒のショートカットをかきあげる細い指。服装も白シャツにブルーのファー付きダウンベストとブラックデニム姿で、少年とも見紛う雰囲気だ。ふと隣の席に目を移すと、よく似た面差しの少年は、まだくーくーと気持ちよさげな寝息をたてている。これだけ周りがざわついてきているのに、全く起きる気配がない。静流は「我が弟ながらたいした大物だな」と独りごちると、件の夢の国の住人の肩を少し乱暴に叩いた。
「昴流、起きろ」
「・・・ん?」
 開いた口からこぼれそうになるよだれをじゅるっとすすり、昴流が目を覚ました。鍛えられた細身の身体も今は、派手なプリントTシャツと黒のジップアップブルゾン、ベージュのカーゴパンツに隠されている。姉とよく似た漆黒のサラサラの髪、切れ長の瞳、通った鼻筋、顎のほくろが印象的な、まだ幼さの残る端整な美少年である。
「んあ。おはよー、姉ちゃん」
「何寝ぼけてるんだ、昴流。もうすぐ着くぞ」
「んにゃ? あ、そっか」
 眠そうな目をこすりながら、あははと笑う昴流を見て、静流は困ったような呆れたようなため息をついた。
「昴流、お前なぁ・・・」
 静流の言葉をさえぎる様に、にゃーんと足元から声がして、昴流は置いていたキャリーバッグを持ち上げた。
「姉ちゃんの説教は月島も聞きあきたってさー」
「・・・なんだ、舞浜、笑ってるのか」
 昴流の言葉に、今度は別の猫の低い鳴き声が反応する。静流はむすっとした表情で足元のキャリーバッグを軽く睨みつけた。中では碧の瞳の黒猫・舞浜が、何か言いたげな表情で静流を見上げている。
「早く出せってだろ? まもなく到着だ。もう少し辛抱しろ」
 静流の言葉に、昴流から思わず含み笑いがこぼれ、その瞳があやしく輝いた。
「ふふふ」
「なんだ、気持ち悪いな」
「だって楽しみじゃん。あ〜、ワクワクするなぁ。どんな『大事件』が俺達を待ち受けてるんだろ、って」
「・・・お前、遊びに来た訳じゃないんだぞ。私達はお祖父様の名代として・・・」
「はいはい、わかってますよ、静流姉様。水無月家の名を汚すような真似、この昴流決して致しません」
「・・・ったく」
 自分に向かい大仰に敬礼する弟を見て、静流は苦い顔でため息をついた。
 ちょうどその頃新幹線が減速しだし、乗客は一人また一人と出口へ向かいはじめている。
「・・・魔都東京かぁ。ふふふ・・・」
 夕暮れの車窓を眺めながらまた含み笑いする弟に、一抹の不安を覚えながらも、静流もまた身体中の血液がたぎる様な興奮を覚えていた。
 そして列車は東京駅のホームへと到着した。





 

プロローグ〈3〉改め、第1章 西の姉弟、魔都へ〈1〉です。

 
更新日:
2008/12/17(水)