第1章 西の姉弟、魔都へ〈2〉
 
 東京駅、丸の内中央口に降り立った水無月姉弟。荷物はペット用のキャリーバックと旅行鞄。昴流はキョロキョロと落ち着きなく周囲を見回して、うひゃぁ、と感嘆の声をもらした。
「すっげえな、姉ちゃん。人とビルだらけだぁ。流石東京だね。しかし、俺らどこからどう見ても『おのぼりさん』だよな」
「昴流、その日本語は間違いだ。元々京都が都だったんだぞ」
「んじゃ都落ち? 落ち武者ならぬ落ち《狩人》(ハンター)、なんちゃって。にゃはは〜」
「・・・少し黙ってろ」
 ただでさえおしゃべりな弟が、ハイテンションではしゃいでいる姿に、生真面目な姉はため息をつく。遊びに来た訳ではない、と言ったはずなのだが・・・。静流は不機嫌そうに舌打ちする。
 とはいえ、静流がイラついているのは、弟だけが原因ではなかった。待ち合わせ、否、二人を迎えに来ているはずの人物の姿が見当たらないからだ。帰宅ラッシュ前とはいえど、天下の東京駅、乗降客、通行人の数は二人にとって尋常な数ではない。しかし、求める人物を見逃すはずはない、それには絶対の自信がある。なのに、かの人物がいない、という事は・・・。
「・・・あの馬鹿、何やってるんだ。私はちゃんと到着時間伝えたぞ」
 思わず静流の口から出た言葉に、昴流はくすっと笑った。
「素直じゃないねぇ、姉ちゃん。早く達也に会いたいならそう言えばいいじゃん」
「――!! そ、そんな訳あるかっ! 主を待たせる配下がどこにいる?!」
「・・・顔、真っ赤だよ」
 ぷっ、と吹き出す昴流。
「――っ、昴流っ!」
 思わず手が出そうになった静流と、反射的にそれをよけようとする昴流、そんな二人の耳に幼い頃から慣れ親しんだ男性の声が聞こえてきた。
「お嬢様! 坊ちゃま!」
「達也ぁ! こっちこっち!」
 声の主の姿を発見し、昴流は大きく手を振った。全速力で走ってくるスーツ姿の青年は、二人の前にすべりこむと呼吸を整え、九十度近く上半身を折り曲げて頭を下げた。
「申し訳ありませんっ!」
 十代半ばの少年少女に向かって最敬礼する二十代半ばの青年の姿は、一瞬通行人の注目を集めたが、しかしすぐ何事もなかったように人々は通り過ぎていく。
「・・・遅い」
 むすっとした表情でそっぽを向く静流に、久保(くぼ)達也はまた深く頭を垂れる。水無月家のお手伝い・寛子の一人息子で、温厚で誠実な性格は母親譲りの、姉弟の教育係兼お目付け役的存在だ。
「申し訳ありません。ちょっと渋滞にハマってしまって・・・」
「言い訳するな。だから迎えなんていいって言ったのに・・・」
 まだ不機嫌な面相を崩さない姉の脇腹を、昴流が小突く。
「あ〜、もう、ほんと姉ちゃんは素直じゃないんだから。『早く会いたかったわ、達也』って言えばいいじゃん」
「――!! 昴流っ!!」
 真っ赤になる静流と、それを見てまたからかう昴流。そんな姉弟を見て、達也は相変わらずですね、と苦笑いした。数ヶ月ぶりに会った姉弟、特に昴流は、体は成長したようだったが性格はそのままだ。
「お二人ともお元気そうで何よりです。舞浜と月島も久しぶり」
 少し体をかがめて話しかける達也、その声に反応するキャリーバッグの中の二匹。昴流がキャリーバッグを開けると、中から月島がにぁん、と鳴いて彼の肩に飛び乗った。昴流の頬に額をすり寄せ、当然のように彼の首に巻きついた。
「うな〜」
 静流のキャリーバッグの中から舞浜が不満そうな声をあげる。自分も早く出せ、と言っているのだ。確かに、少し、いやかなり大柄な舞浜にはバッグの中は狭そうだ。しかし、静流は取り付く島もない。
「だめだ、お前は。もう少しダイエットしろ、重くてかなわん」
 却下する静流に、舞浜はまた低い声で鳴いて抗議した。
「お二人の荷物は昨日届きました。転入の手続きも全て整いました」
 姉弟から鞄を受け取り、二人を誘導しながら歩き出す達也。
「なあ、達也。制服は?」
「指定の物を用意しましたが、私服通学もOKだそうですよ」
「ふ〜ん、結構自由なんだ。ラッキー」
「ええ。でも有名一流学校ですから、あまり目立った事はされない方がよろしいかと・・・」
 少し言いづらそうな達也の口調に、昴流は唇をとがらせる。
「えー、なんだよぉ、達也まで。俺ってそんなに信用ない訳ぇ?」
「当然だ」
 冷たく言い放つ姉の言葉に、昴流はちぇっと軽く舌打ちする。
「カタブツ」
「うるさい、お前が奔放すぎるんだ。《地の者》のクセして」
「俺はね、大地のように大きく構えた寛容さの持ち主なの」
「どうだか」
「ほんと姉ちゃんは《水の者》らしく冷ったいよな」
 言葉のジャブの応酬、はたから見ればケンカをしているようであるが、これがこの姉弟の日常である。生真面目で不器用だが根は優しく芯の強い姉・静流と、自由奔放でトラブルメーカーだがどこか憎めない弟・昴流。性格は似ても似つかないが、いざという時には抜群のコンビネーションを発揮する、《西の守護者》・水無月崇史の秘蔵っ子である。とはいえ、それはウラの顔、今の二人は年相応の思春期の姉弟だ。
「さあ、参りましょうか。まずは《ミカド》にご挨拶に伺いましょう」
「ん」
「りょーかい」
 それまでふざけあっていた姉弟も、達也の言葉で表情が一変した。りりしく眉を上げうなずく二人。達也は停めていたプリウスの後部座席のドアを開け、二人を誘った。
「では、参りましょうか」
 達也は運転席に乗り込むと、ゆっくりと車を発進させた。





 

水無月姉弟、やっと東京上陸できました(笑)。いや、以外に長かったな。前回までの分も、少々手直ししたので、更新日が全部12月17日になりました。あまり気にせんで下さい。
 
更新日:
2008/12/17(水)