第1章 西の姉弟、魔都へ〈3〉
 
 移動する事十分程、達也はとある一軒の屋敷の門前でプリウスを停めた。表札には『鬼束(おにつか)』とある。黒いスーツの鋭い目つきをした男性が運転席をのぞきこむ。ウインドウを開け、達也が緊張した様子で告げた。
「京都より参りました、水無月家の者です」
「どうぞ、お入り下さい」
 堅固な門扉が開き、達也は車を進めた。
「・・・なんかすげえ家。って、家なんてレベルじゃないか。てか、組事務所?」
 そう言って笑う昴流。しかし、静流も達也も神妙な面持ちを崩さず無言のままだった。唇をとがらせつまらなそうな表情をする昴流。
「なんだよぉ、姉ちゃんも達也もそんな仏頂面で。もっとリラックスしろよ〜」
「・・・お前は本当に能天気だな。恐れ多くも《ミカド》のお屋敷だぞ」
「・・・てかさ・・・、ぶっちゃけ《ミカド》って何者? そんなに偉い人?」
「――!!」
 昴流の言葉に、静流は反射的に彼に視線を向けた。凍てつく氷のまなざしに、弟は身震いする。
「うひゃぁ、姉ちゃん、マジこえぇ」
「・・・お前、帰るか? それとも九州のお父様達の所に助っ人に行くか? お祖父様に電話入れるぞ」
 ポケットから携帯電話を取り出す静流に、昴流は小刻みに首を横に振り続けた。
「嘘です、嘘。冗談ですよ、お姉様。やだなぁ、あはは・・・」
 引きつった笑顔を浮かべる弟を冷たく一瞥し、静流は携帯電話をしまう。安堵のため息をもらしながら、昴流は「冗談が通じないんだから・・・」とつぶやいた。
 とはいえ、半分冗談ではない。《ミカド》という人物が、水無月家を含めた《狩人》を束ねる存在である事は祖父から聞いた気がする。気がする、というのは、《狩人》と《アヤカシ》との闘争の歴史、代々の水無月家当主の話など、あまりにも難しい話(ただし昴流にとっては)が延々と続いて、祖父の話が右から左に流れていったからである。祖父・崇史は普段は優しく温厚な人物だが、事が《狩人》関連の話に及ぶと、その生来の生真面目さのために話が長くなるのが昴流にとって苦手な部分だ。姉・静流はいつどんな状況でも祖父の話を真剣に聞いているので、その性格は祖父譲りだとつくづく思うのだが、いかんせん昴流自身は母親譲りの奔放で飽きっぽい性分のため、話の途中で集中力が途切れてしまう。とはいえ、祖父も夕食の前に語りだす事も多々あり、まるでお預けをくらっている犬の気分になった事もしばしばだったが。
「・・・どんな人なんだろうね? じーちゃんは会った事あるのかな」
「昴流、お祖父様(・・・・)と呼べ」
「いーじゃん、別に。今いないんだし」
「そういう問題じゃない」
 血を分けた姉弟でも性格は両極に属し、まるで『北風と太陽』のような二人だ。後部座席での姉弟のやりとりに、達也は苦笑する。
「そろそろ到着しますよ」
 長い道のりを進みやっと玄関が見えてきて、達也は徐行のスピードをさらに落とした。日本庭園のある純日本風の豪邸を予想していた静流は、その一面広大な芝生敷きの庭と煉瓦造りの建物に驚く。しかし、豪邸である事に変わりはない。会話に気をとられ、外を見ていなかった姉弟は、半ば呆然としている。
「・・・洋風か。以外だな」
 達也が車寄せにプリウスを停めると、初老のスーツ姿の男性が深々と頭を下げた。
「お待ちしておりました」
 父よりも年上の男性に最敬礼され、流石の静流も戸惑っている様子だ。車を降り、促されるままに玄関の扉をくぐった三人は、思わず感嘆の息をもらしていた。
 広いエントランスホール、ピカピカに磨きぬかれた床、螺旋階段、そして高い天井には豪華なシャンデリア。まるで名作映画に出てくる古き良きアメリカのお屋敷、といった感じだ。
「うひゃぁ・・・、すっげえ・・・」
 口をぽかんと開けて周囲を見回す昴流。
「私、鬼束家の執事を務めます柏木(かしわぎ)と申します。どうぞそのままお上がり下さい」
 ハイカットのスニーカーに手をかけた昴流を見て、そう柏木が声をかけた。
「・・・なんか気が引ける。なぁ、姉ちゃん」
「・・・ああ」
 祖父と父は躾に関しては厳しく、『畳で正座』で育ってきた二人にとって、土足で室内に上がるという行為は禁忌事項である。戸惑っている二人に、頭上から声がかかった。
「ご到着?」
 声のした方、階段の先を見上げた姉弟の目に一人の青年の姿が飛び込んできた。白いシャツにブルーデニム、ごく普通の大学生、といった雰囲気の青年は、にこにこと微笑みながら階段を下りてきた。その視線は姉弟を真っすぐに捉えている。柔和な表情に相反し、その瞳の奥は笑っていなかった。青年は姉弟の前に立ち、腕組みして二人をまじまじと見つめる。
「へぇ、かわいいなぁ。東の二人もかなり個性的だけど、西の二人も負けず劣らず我が強そうでいいなぁ。やっぱり《狩人》たる者、こうでなくっちゃね」
保仁(やすひと)様・・・、お客様に失礼ですよ」
「はいはい」
 柏木にたしなめられ、保仁と呼ばれた青年はにっこり笑って姉弟の手を取り、強制的に握手を交わす。初めて瞳にも微笑みの色が宿った。
「僕は鬼束保仁。《ミカド》の身内だけど、僕自身には君達みたいな能力はないから戦闘要員じゃないんだ。まぁ《ミカド》の秘書兼通訳みたいなものかなぁ」
「・・・通訳?」
 保仁の言葉に首をかしげる姉弟、言葉がハモる。保仁は含みのある笑みを浮かべた。
「まあ、会えばわかるよ。でも残念ながら今はまだお昼寝タイムだから、お茶でも飲んで待っててよ。さ、こっちこっち」
 そう言って保仁は三人を屋敷の奥へと誘った。
「・・・お昼寝タイム?」
 保仁の言葉に、姉弟はまたも顔を見合わせた。お互い困惑顔だ。昴流が達也を肘でつつく。
「達也、《ミカド》って偉い人なんじゃねぇの?」
「ええ、そう大旦那様からも伺ってますが・・・」
 達也も困惑を隠せないようだ。
「ほら、何してるの。こっちだって」
 保仁が振り返り、手招きしている。三人は柏木に会釈し、保仁が呼ぶ方、屋敷の奥へと進んでいった。





 

《ミカド》のお宅にご到着〜。って、まだ《ミカド》出てねぇぢゃん・・・(爆)。書いてる途中、急に現れた秘書兼通訳くん。名前に困ってやっちまいましたよ、命名・保仁。ってそうです。もろ頂きましたよ、愛しの遠藤保仁様に! 嗚呼、馬鹿丸出し・・・。

次回こそは、《ミカド》御登場!! ・・・のはず・・・。
 
更新日:
2009/02/12(木)