プロローグ〈2〉
 
 公園を出て5分程歩いた少年は、一軒の屋敷の前で立ち止まった。豪邸という訳ではないが、門構えは堅固で格式高い雰囲気を醸し出している。少年は抱いている月島の肉球でインターホンを押した。
「はい」
「ただいま〜」
「お帰りなさいませ」
 インターホン越しに落ち着いた女性の声がして、門扉のロックが開いた。少年はゆっくりとその門をくぐる。屋敷の玄関を開けると、月島がその腕からするりと飛び下り、すたすたと廊下を歩いていった。
「お帰りなさいませ。大旦那様もお嬢様もお待ちかねですよ」
 エプロン姿の中年女性が奥の部屋から顔を出した。穏やかそうな笑顔が印象的な女性だ。
「ただいま、寛子(ひろこ)さん。今日が最後だって思ったらいつもより長めに走っちゃったよ」
 そう言って舌を出す少年。
「先にシャワー浴びて来ても大丈夫そうかな?」
「それは大旦那様にお聞きして下さい」
 ヤンチャな少年をたしなめるような口調でくすっと笑うと、寛子と呼ばれた女性は少年からタオルを受け取り廊下の奥へ歩いていった。
「やばいな、じーちゃん怒ってるかな・・・」
 祖父はもともと優しい人だが、時間や約束には厳しい。いつも家族全員で夕食を共にする約束、しかも今日が最後になるかもしれないのだ・・・。
 少年はふうとため息をつき、思い切ったように居間の襖を開いた。
「ただいま戻りました」
 欅の座卓の上座には白髪の老人、その向かいにはショートカットのボーイッシュな少女が座っていた。少女は不機嫌そうな顔で腕組みをしながら、2歳年下の弟をじろりと睨みつけた。
「何時だと思ってる」
 ぶっきらぼうな喋り方は彼女の常だ。しかし、今はそれがいつもより際立っている。「相当ハラへってるな、こりゃ」と少年・水無月昴流(みなづきすばる)は心の中で苦笑いした。
「すみません、お祖父様。今日が最後だって思ったらつい・・・」
「仕方のないやつだ。早く座りなさい」
「お祖父様」
 あっさりと昴流を許した祖父に、姉が抗議と非難の声をあげる。姉の激しい視線を受けながら、しかし昴流は気にした風もなくしれっと言い放った。
「遅くなったついでにシャワー浴びて来てもいいですか? 五分で戻ります」
「・・・!!」
 あまりにも図々しい弟の言葉に、姉は二の句が告げないようだった。祖父はため息をつくと、仕方がなさそうに了承する。
「・・・わかった」
「ありがとうございます!」
 満面の笑みでぺこりと祖父に頭を下げ、昴流は居間を出ると、
「寛子さーん、俺の着替えとバスタオル用意しといてー!」
 と、大声で叫びながら廊下を猛ダッシュしていた。居間の中で姉が「昴流、廊下で叫ぶな!」と怒っているようだったが、昴流は気にする様子もなくバスルームに駆け込んだ。
「・・・すみません、お祖父様・・・」
 がっくりと肩を落としながら、姉・静流(しずる)は祖父・崇史(たかふみ)に深々と頭を下げる。元気なのはいいのだが、天然で図太い性格の弟を、時々静流も持て余し気味だ。崇史も苦笑いしている。
「まあよい。ところで静流、本当にお前達2人で大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、お祖父様。ああ見えて昴流も結構頼りになりますから。舞浜(まいはま)と月島も連れて行きますし」
「そうだな、既に達也(たつや)もあちらにいるからな。準備は全て達也に任せてある」
 崇史の言葉に静流はうつむいて小声ではい、と答える。その頬はわずかだが朱に染まっていた。そんな孫娘の様子を微笑ましく思いながら、崇史は表情を硬くして助言した。
「しかし油断はするな。日本随一の魔都だ、何が起きるかわからない・・・」
「はい、承知致しました」
 崇史の言葉に静流はきりりと眉を上げた。中性的な雰囲気を漂わせたりりしい顔が一層引き締まった。







はい、プロローグ〈2〉です。とりあえず、主人公4人中の2人、水無月姉弟登場です。
水無月家は西日本にあります、たぶん京都・・・っていい加減だな(苦笑)。キャラクタープロフィールは後程別添します。

更新日:
2008/12/17(水)